ゲルギエフ&マリインスキー管弦楽団@所沢公演

どうしてこんなことになったのかさっぱりわからないが、
ステージに向かって左側後方の席をとったハズが、劇場側の発券ミスでしばし混乱ののち、私たちが案内されたのは、最前列ほぼド真ん中のコンマス前!「げ!音的に…サイアク〜!!」と弱弱しく抗議したものの「あいにく本日満席で…」とのこと。

ゲルギエフをこんなに近くで見られるなら、ま、いいかと思ったものの案の定、曲の全体像がさっぱりわからず、とにかくファーストヴァイオリンが聴こえすぎ、金管はよく聴こえず…(;_;) すべての音が頭の上を通り抜けていく感じ。

自分じゃ絶対とらないであろうこの席、こうなったら、開き直って最前列ならではのレポします!


(こんな見え方…)

チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番

(japan arts HPより)

トリフォノフはひょろっと細くニコニコしたの男の子。演奏が始まると一転鬼気迫る様相に変身。協奏曲はすごくオケとよく合っていました。
彼のピアノはとても繊細な音を出すが、時にあたりを破壊しつくすような悪魔的な音にもなる。そうかと思うと、天使のささやきのような美しい音色に変わり、そのあたりの音とスピードは自由自在で聴いている人を虜にする。
この若さでこの表現力。本当に驚きです。(芸術家に年齢は関係ないのね、たぶん)

マリインスキーの演奏も「破壊力と繊細さ」に満ちており、そのあたりの性質がとても似ていると感じた。

最前列にいるとバランスはともかく、ピアノがどれほどオケの爆音と重なっても、信じられないぐらい繊細な弱音も、彼の息づかいもすべての音が聞こえる。演奏終わるとまたニコニコした男の子に戻る。日本式のお辞儀?何度も繰り返してとてもカワイイ。

今回の協奏曲、連れは「チャイコらしくない」と違和感を感じたもよう。しかし、私は「新しい、斬新」と感じた。このチャイコンは「壮大で豪華絢爛で華やかな協奏曲」と思っていたが、今回の演奏はおしゃれですっきり、スタイリッシュな印象。以前ペトレンコ&オスロショスタコーヴィチの第5番を聴いた時も同じことを思った。
名曲もこうやって世代交代していくのかもしれません。


チャイコフスキー交響曲第6番悲愴
悲愴を聴いている時、ゲルギエフの唸り声!を初めてきいた!カタカナで書くと「タリラリラ〜♪」(ほんとにこう聞こえた)これは、前方の席ならではなんだろうな。コバケンの唸り声はかなり後方まで聞こえるものだけど。

今回、曲の全体像がよくわからなかったのが本当に残念なのですが、いつもこの曲だけはなぜかチャイコフスキーの人生についてしみじみ考えてしまう。

悲愴の2楽章途中、ステージ向かって一番前左側のバイオリンの弦が切れた音が結構響いた。しかしソデに一番近い場所にいるにもかかわらず、取替(張替)にいかず最後まで弾いていた。まさかあれはエアーバイオリン!?

悲愴の演奏後、ゲルギエフは涙をぬぐう仕草をした。正面を向くと目に涙がにじんでいた。悲愴の4楽章が改めて本当にチャイコらしい旋律で、彼の人生と重ねて聴いていると私も切なくなって泣けた。

チャイコは大好きな作曲家だけど、時々「陳腐だ、B級だ」との評価も聞く。バラエティやCMでも多用されているし、一歩間違えると陳腐になってしまう危うさを確かに兼ね備えているかも。しかし、ゲルギエフとマリインスキーの演奏で聴くと、エモーショナルで胸に迫り、せつなくなる。

チャイコフスキーラフマニノフなどロシア音楽を聴くなら、ぜひゲルギエフ&マリインスキーで!you tubeにも映像はたくさんありますから^^