ベトナムの幸福論

放射能の情報などを書いている武田邦彦先生のブログに(平成26年1月22日の記事)、ベトナム人の幸福度が高い という内容の記事が載っていました。

(引用はじめ)
国連が行った世界各国の調査でもっとも多くの人が「私は幸せ」と答えた国がベトナムです。ベトナムの一人当たりの1年の所得は約1000ドル、日本は4万ドルだから、日本の40分の1です。

日本人に比べれば圧倒的に「貧乏」なベトナム人がなぜ「幸福」かというと、ベトナムに行くと多くの人が「今日より明日の方が良くなる」と確信していることがわかります。(引用おわり)
ふむふむ、私がベトナムで感じてきたことと一致します。

武田先生は、「ベトナムの現状は決して恵まれているわけではないが、『今日より明日の方がよくなる』と信じているから、そのことそのものが彼らを幸福にしている」とおっしゃっています。

そのとおりだと思うのですが、私は、さらに突っ込んで、なぜベトナム人が「今日より明日の方がよくなる」と確信しているか、というと、ベトナム人がことさらポジティブな国民性だから、というワケではないと思っています。

理由は、先日書いたように、いま【2014年現在】「戦後39年の高度成長期」まっただ中だからでしょう。

日本人だって、高度成長期からバブルに向かう80年代、その時に聞いてもらえば、今よりははるかに幸福度は高かったはず。
そのころ、私は中高生だったけれど、周りを見ても経済が右肩上がりで、確かにみな浮かれてましたわ。
給料は右肩上がりで「今日より明日はよくなる」と多くの人が思っていたあの頃。

「アレもほしい、コレもほしい」と物欲を高まらせるのは、人間のサガなのでしょうか。
みんなそっちの方がいいのかな?

ベトナムもこれから経済が発展し、家電や車をどんどん買えるように裕福になり、
それらを維持するために原発を稼働するようになり、しばらくすると経済が滞り始め、幸福度が下がり始める… 

・・・なーんてことになってほしくない。

でも、新たに消費する人々を探している国(日本とか)は、彼らにそのままでいることを許さない。
「ほら、こんなのもあるよ。持てば豊かになって幸せになるよ」とそそのかす。
いったんこの方向(消費社会)を目指したら、いずれ自ら鞭打って消費を続けるしかないのに。

1月25日(土)に放送された「Eテレ 白熱教室 幸福学」の中でこんな言葉を知りました。

「イギリス人が『快適さ』と呼ぶものは際限がないものである。さらなる快適さを求める欲求は内面から湧いてくのではなく、そこから利益を得ようとする者たちによって作られるのだ。byヘーゲル

こんなことを私が考えるのは、消費社会とはまったく反対方向を向いているニュージーランドで暮らした経験があるからだと思うので、そのことは改めて記事に書きたいと思います。